月と星。

それらは銀に金に輝いて共に夜空にあれど、絶対的に異質であり交じり合う事は無い。

最も近くに在りながら、触れ合う事すら許されぬ宿命。

もしも溝を越えようとするならば、それはお互いの終わりを意味するであろう。

天上にしろ地上にしろ、その理は決して変わる事はなく、


白牙は仲間の治療専門の医者である。

頼まれない限り他人の治療をする事はない。

そんな彼が不思議なモノを見た。

宵闇に皓々と輝く銀の月とそれを彩るように瞬く無数の金の星。

それらを何とはなしに眺めながらゆったりと歩いていた白牙は視界の隅に小高い丘を認めた。

手を伸ばせば空にも届きそうな錯覚を抱かせるそこで、一人の少年が何かをしている。

その少年は天体観測をしているという風ではなく、そもそも空を見ていない。

彼は跪き、何もない空間を包み込むように両手を重ねていた。

しかし最初に白牙の気を引いたのは少年のその異様な行動ではなく、その腕に頬に付けられた痣や擦り傷だった。

明らかに他者の手によって負った外傷。

だが、白牙はすぐに傷への興味を失った。

それでも尚立ち去ろうと思わなかったのは少年の眼帯に隠された片目に自分と同じ匂いを感じたからか。

もしかしたら、という思いが白牙の心に現れる。

それはやがて行動に変わり、白牙の足を動かした。

白牙は見事な銀の髪をさらりと揺らしながら少年の元へ歩み寄ると静かに声を掛けた。

「そこで何してる?」

白牙を同じくらいの年頃の少年は特に動揺する様子もなく緩慢な動作で白牙を見上げる。

「離れられない子が・・・いたから」

少したどたどしく発せられたその言葉に、白牙は怪訝そうに眉を顰めた。

少年は自分の手元へ視線を戻すと淡々と言葉を流し続ける。

「ここで・・・死んだんだって。ひとりで・・・」

最後の方は聞き取れなかったが、白牙には少年がごめんね、と呟いたように見えた。

唐突に少年がふわりと上を向いた。その拍子に目の覚めるような金髪がさらさらと後ろへ流れる。

「還ったよ、空に・・・」

そうかとしか返す言葉の見付からなかった白牙は話題を変えようと口を開く。

「お前・・・名前は? 俺は白牙」

「・・・ディーノ。ビオンディーノ」

名乗ったきり黙り込んでしまったディーノと、それ以上会話の糸口が見付からない白牙を沈黙が押し包む。

立ち去るタイミングを逃し、且つ沈黙に耐えられなくなった白牙はディーノの隣に腰を下ろした。

そのままそろりと相手の腕を持ち上げる。

「これ・・・誰かにやられたんだよな?本当は家族以外は診ないんだけど・・・とりあえず応急処置しておくから、後でちゃんと手当しろよ」

そう言った白牙をディーノは軽く押し留めた。

「いい・・・どうせまた、同じように・・・なるんだから」

「いつも・・・って、何で・・・」

目を瞠る白牙をディーノは茶色い片目でじっと見つめた。

そしてゆるゆると手を挙げると、白牙の金と赤の瞳を指差し、無表情で呟く。

「白牙も、多分・・・同じ思い、してる」

その言葉に、白牙は自分をここに留めている奇妙な感覚の正体を悟った。

「・・・お前も、違うのか?目の色が・・・」

「そうだよ・・・でも、白牙みたいに・・・綺麗な色じゃない。オレのは・・・」

ディーノは言葉を切ると、徐に立ち上がり右目を隠している眼帯を取り払った。白牙もそれにつられて立ち上がる。

月明かりの下、露わになったのは金に輝く緑の瞳。

満月を背負って凄惨な気配を放つそれは常人には不気味としか移らないだろう。

しかし、医者である白牙には何故にそのような瞳の色になったのかが想像できた。

瞳に金の輝きが宿るのは、極めて近しい血縁同士の間の子の証。

「お前、もしかして・・・」

「そう・・・オレの親は、実の姉弟・・・だよ」

ディーノは言葉に詰まる白牙の前で再び眼帯を手に取ると、忌まわしい色の瞳を暗闇に閉じこめた。

白牙はどこか哀しそうに目を細める。

「似ているな、俺とお前は」

「・・・そう、だね」

先程までの近しい感じが急速に薄れていくのを白牙は寒さにも似た思いで感じていた。

傷の舐め合いなどするつもりはない。それはディーノとて同じだろう。

近すぎるからこそ、その僅かな差が絶対的な距離となって二人を分かつ。

鏡合わせのように向き合う二人の頭上はいつからか黒い雲に覆われて、





冷たい雨が降りしきる中ずっと二人で立ち尽くしていた





※正しい医療知識に基づいて執筆していません。ご了承下さい。